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東京地方裁判所 昭和39年(人)4号 決定

請求者 町田昭雄

被拘束者 町田賢司

拘束者 小笠原与七 外一名

主文

請求者の請求を棄却する。

本件手続の費用は、請求者の負担とする。

事実

請求者代理人は「被拘束者を釈放しこれを請求者に引渡す」旨の裁判を求めその請求の理由は、

一、被拘束者は請求者とその妻である拘束者町田津との間に昭和三七年一月三日出生した嫡出子であり、拘束者小笠原与七は右律の実父である。

二、律は従来からその子である被拘束者の養育をおろそかにしていたが昭和三八年二月末日被拘束者を置き去りにして申請者肩書住所を出奔し荏原方面の酒場に働くようになつたので請求者は三八年三月四日被拘束者を請求者の母方の叔父に当る富岡孫七にその監護を委任し長野県茅野市北山湯川四四六七番地の同人方において同人の姉富岡ふさよ(当五一年)及請求者の姉町田千代子(当二二年)らと共に何不自由させることなく愛育し、被拘束者も富岡一家の者になつき円満な家庭をなしてすでに一年以上を経過した。その間拘束者町田律は酒場に働くばかりで一度も被拘束者に面会しようとしなかつたのみならず、昭和三八年八月頃十日間にわたつて前記富岡ふさよ、町田千代子が被拘束者を連れて上京した際面会の勧誘にも拘わらず未練が残るという口述の下に敢えてこれに応じなかつたのである。

三、ところが、拘束者律及その姉小笠原美智(当三四年慶応病院産科婦人科主任看護婦)は男子二名と共謀して昭和三九年四月一六日午后〇時一〇分頃前記富岡孫七及び町田千代子等は田作業中で富岡ふさよのみ在宅中の前記長野県所在の富岡孫七方に侵入し、室内において睡眠中の被拘束者を抱きかゝえて逃走しようとしたが、右富岡ふさよが被拘束者の泣き声に気附いて同人を奪還するため追つた際、前記の男子はふさよの胸許を力強く突飛し加療一ケ月を要する左手関節捻挫及び左胸、腰部及び右下肢打撲症の傷害を負わせ、そのまゝ拘束者律等四名は被拘束者を騙取して東京に逃走した。

四、そこで請求者は警視庁はじめ、諏訪、四谷、取手等の警察署に右犯罪事実を申告し、被拘束者の所在捜査を依頼した結果、拘束者町田律及び同小笠原与七は茨城県北相馬郡取手町大字寺田三、四一九番地右与七方において被拘束者を拘束している事実が判明した。ところで右与七宅は病弱な右律の母小笠原きち(当六九年)や非行少年が同居している等被拘束者の養育には全く不適当であり現に被拘束者は病気のため痩せ細つている。

五、本件の拘束は被拘束者の親権者母及びその実父によるものではあるが、親権者父である請求者の意思に反し且つ被拘束者の拘束のためには未成年者の騙取及び暴行傷害等の犯罪行為をその手段として用いたもので法律上正当な手続によらないで被拘束者の自由を拘束しているものにほかならない。よつて被拘束者を釈放し請求者に引渡すべきことを求める。

というにある。

理由

よつて按ずるに、人身保護法に拘束とは人の自由なる意思に反してその身柄を一定の場所に留め置くことをいうものと解すべく、而して幼児には未だその自由なる意思というものは認め難いから幼児の拘束とは畢竟その監護者である親権者の意思に反しその幼児の身柄を一定の場所に留め置くことをいうものと解すべきである。従つて親権者である者がその意思によつて幼児を一定の場所に留め置くことは、かくて幼児を一定の場所に留め置きながら、これを虐待し或は全く養育を顧みない等親権者としての監護権の濫用に亘るような事実がない限りこれを目して幼児の身柄を拘束するものであるということはできない。このことは親権者たる両親の一方の者か他方の者の意思に反した場所に、或は、方法で幼児の身柄を留め置く場合にも同様であり苟も親権者である者がその意思によつて幼児の身柄を留め置く場合は前示の監護権濫用の場合を除いては幼児を拘束するものであるとすることはできないのであつて、この点において親権者である両親のうちいづれを監護権を行うにより相応しいかという子の監護者の決定の問題とは異るところがあるものとしなければならない。

ところで本件についてこれを見るに、拘束者町田律は被拘束者の実母であり拘束者小笠原与七は拘束者律の父すなわち被拘束者の祖父であるところ右律がその意思によつて与七方右肩書住所に被拘束者の身柄を留め置いているものであることは請求者の自から主張するところであり且つ準備調査における申請者代理人審尋の結果によれば敢えて拘束者等が被拘束者を虐待し或は全く養育を顧みないとまでは主張せず単に被拘束者は熱病に患り痩せ細つており一応主張としては被拘束者に生命の危殆があると主張するというに止まりこの点に関し強固な主張があると見受けられないのみならず請求者及び拘束者等の審尋の結果によつても、拘束者等が被拘束者を拘束してないことが明かであつて審問期日を開き申請者代理人の右主張事実等について更に証拠の取調をする必要があるものとは認め難い。

なお請求者は拘束者等は被拘束者の身柄が長野県茅野市北湯川四四六七番地富岡孫七方に託されていた際暴力をもつてこれを奪取したものであつて、この暴力による奪取自体拘束者等の拘束を不法ならしめるものにほかならない旨主張するが、若しその際申請人主張の如き暴行傷害及び略取の罪に該る行為があつたとすればそれ等の行為の非難せらるべく科罰の対象となるべきことは恂に申請者の主張の通りであるが、それあるが故に現在における親権者としての監護権の行使を直ちに不法ならしめるものでなく、それはそれとしてまた別個の事柄であるというべきで単に左様な行為を敢行する者は監護権の行使者として妥当かどうかについての決定をする際における判断の資料となり得べき事情たるに止まる。

よつて人身保護請求事件である本件としては被拘束者の親権者である請求者及び拘束者町田律のうちいづれを監護者とすることが妥当であるかという点についてはこれを決定する限りではないが、拘束者等が被拘束者を法律上正当な手続によらないで拘束しているとは到底認めることができないので人身保護法第二条第一一条第一項第一七条人身保護規則第二一第一項第六号を各適用して主文のように決定する。

(裁判官 菅野啓蔵 安岡満彦 小堀勇)

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